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う〜みゅ、結局2日間も休んでしまったのだが、それにしても会社からの電話が多過ぎる。 リモートアクセスが可能だからと言うのもある訳だけど、結果的には自分の首を絞めている様な気がするなぁ。 文明の利器とは下に恐ろしきものなりよ。 さて、時を戻して、第一次世界大戦のモザンビーク。 モザンビーク北部ニアサ郡南東部地方はマウア地方と呼ばれていました。 ニアサ郡は北をタンガニーカ、南はモザンビーク郡、東をカーボ・デルガード郡、西をニアサランドに囲まれた郡で、モザンビーク最大の面積を持つ郡であると同時に、最も人口密度が低い郡となっています。 また、ニアサ郡には、多数の部族が居住していて、北部にヤオ人とニアンジャ人、西部ニアサ湖畔にニアンジャ人、南部にマクア人、そして少数部族のンゴニ人が暮らしています。 ヤオ人、ニアンジャ人、ンゴニ人はタンガニーカ国境に跨って居住している一方、マクア人は隣接のカーボ・デルガード郡南部、ルリオ川を越えてモザンビーク郡、ザンベジア郡にも跨って居住している最大部族です。 今まで見てきた様に、モザンビークに於て、ニアサ郡は辺境の地でした。 一応、1894年から1929年まで、Nyassa Companyの領土となっていたのですが、Nyassa Companyは経済的基盤が脆弱で、インフラの整備も儘成らず、結果として、この地域を辺境の儘放置した訳です。 この為、植民地支配が強化され、現地人に対する締め付けが厳しくなると、国境から遠い各地の現地人達は、集団でこの地に逃亡することとなります。 尤も、広大な領土を防衛する為、1907年にNyassa Companyはposto militarと言う軍事拠点を開設します。 但し、この軍事拠点が本当に駐屯地的なものなのかは不明であり、多くの場合は、単に「ポルトガルの旗」が立てられただけのものだったと言われています。 実際に、白人と住む様になったのはジャーマン戦争後の事だと言われている訳で、ポルトガル人による実質的な支配はこの頃は未だ無かった様です。 さて、1914年に第一次世界大戦が勃発すると、ニアサ郡は、北を接するドイツ領東アフリカから侵攻するドイツ軍アスカリ部隊と、これを迎撃するポルトガル軍と英国軍による交戦地となりました。 ドイツ軍は、ポルトガルの植民地支配に反感を抱いていたアフリカ人首長等と同盟を結び、土地に詳しい道先案内人を雇い、モザンビーク北部を目覚ましい勢いで席巻していきます。 また、マラウィ湖東岸近くからニアサ入りしたドイツ軍偵察隊は、ヤオ人居住地を経由してマウア及びモンテプエスと言ったマクア人居住区の最北部を訪問していますし、ドイツ軍本隊も1917年11月から翌年9月までの約1年間、モザンビーク北部を隈無く移動していました。 1917年5月には、ドイツ軍のフォン・レットー・フォルベック将軍が、部下(少佐)をマクア人首長達の元に派遣し、反ポルトガルの戦いの為に同盟を結ぶ様説得しています。 その後、1918年2月には、フォン・レットー・フォルベック将軍率いるドイツ東アフリカ軍第5小隊が、マウアに来て駐屯しています。 このことから、この地域を治める部族の王が、彼等と何らかの合意を得た可能性が指摘されています。 一方、英国とポルトガル連合軍の大隊は4月にマウアに到着し、戦闘後ドイツ軍の兵舎を占領しました。 現地のマウア住民は、この戦いを「ジャーマンの戦い」と呼んでいます。 しかし、このジャーマン達の主力は黒人でした。 ジャーマンの指導者は、Nkepeleと言い、マクア人、マコンデ人、マプート出身者と同盟を結んでいました。 彼等が主力となって、英国人とポルトガル人との戦闘を繰り広げていた訳です。 ドイツとしては、ポルトガルの植民地支配に抵抗している住民達に主権回復を約束して、各地で同盟関係を獲得していった様です。 とは言え、多くの住民にとって戦争は災厄でした。 ドイツ軍でも、人々は物資運搬に使役されていますが、彼等の扱いは悪くなかったと言います。 しかし、英国とポルトガル連合軍では扱いが悪かった為、多くの人々は更に奥地に向けて逃亡しました。 残った集団もいましたが、英国とポルトガルを拒否した部族の王達は、幽閉されモザンビーク島に流刑となりました。 結果として、新しい王を選び、彼等はポルトガル人に服従する道を選ばざるを得なくなり、以後、ニアサ郡のポルトガル支配が強まっていった訳です。 |
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そういえば,『平和を破滅させた和平』には,アフリカに関する記述はありませんでしたが,こちらも混沌としたんでしょうなあ. |
消印所沢 2009/01/30 00:46 |
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