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今週は何故か目の回る様な忙しさだったり…。 と言うか色々大丈夫かなぁと思ってみたりして。 凄く綱渡りな毎日を過ごしております。 さて、本土決戦に備えては火砲の増強が行われました。 勿論、火砲のリソースが余っている訳ではなく、別の所から転用しているので、その方面は弱体化した訳です。 四国の項でも出て来ましたが、転用元はこれまた満州で、第53軍へは野戦重砲兵第2聯隊が配備され、第84師団にはそのうちの1個中隊が配備されました。 この部隊は、15糎榴弾砲を6門装備し、浅間山付近に配備されています。 野戦重砲兵第2聯隊は、元々静岡県三島で編成され、1943年4月に満州に渡りますが、1945年4月に本土決戦部隊に転用され、満州を発ち、朝鮮半島を南下して羅津から新潟に向かいました。 新潟からは列車で相模原の淵野辺に赴き、其処から大井町柳に駐留して本土決戦の任務に従事しました。 その本部は柳にある稲荷社で、その裏山の櫟林の中に弾薬を保管していたそうです。 本隊の3分の2、段列の一部も浅間山で陣地構築を行いました。 現在、曽我丘陵を巡るハイキングコースの一部になっている、「いこいの村あしがら」から浅間山への登山道は、陣地構築の為に車輌が通れる様、この部隊が整備した道を今でも流用しているものです。 この他第53軍の重砲は、直属の独立重砲兵第36大隊に属するものがあり、この部隊は、四五式24糎榴弾砲を4門装備していました。 この砲は浅間山近辺に2門、北部の篠窪、峠附近に1門が配備される計画でした。 これらの砲は、両陣地から酒匂川両岸と大磯海岸を射程に収め、揚陸戦時には橋頭堡を攻撃する役割を担っていました。 何れにしても、浅間山、不動山近辺は火砲陣地の中心であり、相模湾防衛戦にはこの場所が非常に重要視されていたことが判ります。 さて、昨日は歩兵第199聯隊と第200聯隊について書いた訳ですが、岡山で編成された歩兵第201聯隊は、両聯隊とは少し離れ、第53軍の守備範囲の西端にある富士川付近以東の静岡県と駿河湾の防衛に回されました。 当初はその西端に当る沼津市に駐留し、聯隊本部は第三国民学校(現在の沼津市立第三小学校)に置かれました。 沼津では、香貫山から徳倉山に掛けての陣地を構築し、ほぼ完成させていました。 第12方面軍司令官の築城検閲ではこの部隊が構築した築城陣地が、第12方面軍の全軍で2位になり、相模湾よりも完成度が高かったことが伺えます。 なお、第53軍の守備範囲は富士川左岸は含まれず、こちらは第36軍に属した第81師団の歩兵第173聯隊(編成地高崎)が陣地構築に当っていましたが、其処との連絡の為か、富士市の入山瀬に聯隊から1個中隊を割いて配備していたそうです。 しかし、6月末になると第201聯隊は、突然神奈川県松田町へと配置替えになりました。 沼津には代わりに独立混成第117旅団が駿河支隊として配備されることとなりましたが、この時点での配置替えは、軍首脳部が師団主力を相模湾に貼り付け、相模湾を決戦場に想定した為と思われます。 7月は、大磯と平塚では第140師団に代わり、第316師団が配備され始める時期でもあり、二宮は第84師団と第316師団の境でした。 実際、第84師団の佐久間師団長の回想では、第3次動員で人員も不足し、装備も満足でない第316師団による陣地構築が満足に行くのか心配だったと言う事で、平塚方面に敵が上陸する蓋然性が増し、其処には満足な装備もない第316師団がいると言うので、師団長としては二宮地域への軍備増強が図られたようです。 8月に入ると、多くの岡山から来た兵士が吾妻山の西側から中村川の間の地域にある寺院、集会所、一般民家にやって来て駐留しています。 つまり、沼津から移転してきた歩兵第201聯隊の部隊であると考えられます。 西光寺には対戦車砲部隊が駐留していました。 此処に駐留していた兵士達は、「タイヤの付いた砲は我々の砲だけだ」と自慢していたと言っていたそうですが、聯隊速射砲中隊は九四式37粍砲が配備されており、こちらは人力もしくは馬力で牽引するので、「タイヤの付いた」とは言い切れませんから、多分師団速射砲隊の一式機動47粍砲の分隊であると考えられています。 彼等は本堂で寝起きし、寺と海岸の間にある山王山に横穴を掘って砲を隠す様にしており、弾薬は近くの釜野横穴古墳群に格納していました。 梅沢橋近くの等覚院(藤巻寺)では、聯隊の兵士達が、二宮海岸から海岸近くの民家の庭先まで地下壕を掘っていました。 6月末に水際作戦へと変更になった際に、沿岸地域に於ては第201聯隊を中心に海岸陣地が構築されつつありました。 特に、敵の水陸両用戦車を中心とした上陸車輌を攻撃する為に、対戦車攻撃を行う速射砲隊に重点が置かれていたようです。 中村川下流の小田原市と二宮町の境にある押切橋近くには、重機関銃陣地が構築されていました。 二宮海岸近くでは、先述の様に、海岸手前の陣地から海岸に向け、現在の国道一号線の地下に4〜5本の隧道を通し、海岸には蛸壺陣地が掘られました。 これらは、連合軍の艦砲射撃や爆撃が終わり、上陸用舟艇が動き出したら、待機していた陣地から隧道を通って蛸壺に潜って待機し、戦車が砲の死角まで近付いたら、爆薬を持って戦車に飛込み、自爆して擱座させる作戦で用いられる予定でした。 こうした陣地構築は第201聯隊だけでなく、第200聯隊でも行われ、国府津駅の裏山から東海道線の下を潜り、海岸に通り抜ける隧道が何本も掘られていました。 また、国府津の断崖の裏手には洞窟陣地を構築して、背後からの攪乱を考えてもいました。 因みに、こうした海岸の蛸壺陣地は、砂地である為に幾ら掘っても崩れてしまいます。 板による補強も行われましたが、結局、附近の酒蔵や醤油醸造業などから酒樽や醤油樽を徴発して、それを海岸に埋めて水の浸入や砂の崩落を防ぎました。 樽だけでなく、勿論、部隊の備品であるドラム缶も転用しています。 師団速射砲隊は、当初、本部が秦野の上国民学校(現在の秦野市立上小学校)に5月2日〜7月10日まで置かれ、松田付近に洞窟陣地を構築していましたが、水際作戦に変更されてからは、本部は大井町篠窪の民家に置き、三島神社に部隊の一部が駐留しています。 この配置は、足柄平野に上陸した連合軍が東京を目指す際に通るであろう道、即ち、松田から現在の国道246号線、松田山と渋沢丘陵に挟まれた川音川沿いの道を通り、秦野・伊勢原方面に進む事になっており、この辺りに、幾つもの偽陣地と、幾つかの速射砲陣地を設けて敵の通行を阻止しようとしていました。 師団直轄の野砲兵第84聯隊は、曽我国民学校(現在の小田原市立曽我小学校)に本部が置かれていたようです。 7月からは水際作戦への方針転換に伴い、足柄国民学校(現在の小田原市立白山中学校)に第2大隊が駐留しています。 ただ、部隊名は不明ながら足柄国民学校には既に砲兵部隊が駐留しており、他に小田原市板橋にあった大窪国民学校(現在の小田原市立大窪小学校)に第1大隊第1中隊と第2大隊の段列が駐留しており、第1大隊の段列だったかも知れません。 野砲兵第84聯隊には野砲(九〇式?)9門、九一式10糎榴弾砲9門を装備し、足柄平野東西の丘陵陣地で、海岸線から垂直に2〜3km地点、第199聯隊側は板橋付近、第200聯隊側には沼代付近に、それぞれ野砲3門、10糎榴弾砲3門が配備され、酒匂川河口に照準を合わせていました。 まあ、不動山にも一部が配備されています。 砲兵は、その主力を小田原の北部に、一部を国府津に置きますが、反撃を考慮して砲撃目標の重点を酒匂川左岸に指向していました。 これらの火力を補完するものとして、第84師団直轄兵力ではありませんが、小田原西部の石垣山と入生田、二宮では吾妻山に14糎加農砲が各1門配備され、これまた酒匂川河口を指向していました。 輜重兵第84聯隊は、松田町の寄国民学校(現在の松田町立寄小学校)に5月2日から本部を置いていましたが、7月10日に速射砲隊が移動した後の秦野の上国民学校に移動しています。 これは師団戦闘指揮所の工事が一段落したからかも知れません。 輜重兵聯隊は、3個中隊で構成されており、第1中隊が輓馬中隊、第2、第3中隊が自動車部隊でした。 トラックは小隊毎に聯隊支援の為に駐留場所を割り振られ、林の中に並べて小枝を被せて偽装していました。 配置場所は南足柄、山北、松田や第199聯隊が構築していた丘陵陣地北部の福沢村(現在の南足柄市)、大井町にも及び、各聯隊が利用していた木材搬出場所に近い場所に駐留していました。 これらのトラックは、歩兵聯隊が構築している陣地用に、原木を製材所まで運び、材木に加工して陣地構築場所まで持って行ったり、食糧調達などに活用されていました。 機動兵力はトラックだけではなく、戦車までありました。 と言っても、戦車第2聯隊の第2中隊と言う中隊規模でしか有りません。 この部隊は、5月28日から8月2日まで大井町の山田国民学校に本部があり、国民学校近くの竹藪に戦車が隠されていました。 平野北部に配備された戦車部隊(と言っても、中戦車8両ぽっちの兵力ですが)は、連合軍が足柄平野地域に上陸するや、機動部隊として打撃を与える為のものでしたが、水際作戦への移行と共に、配置場所が移動となってしまったそうです。 こうして見てみると非常に充実した戦力がこの地域に展開されていましたが、急な作戦方針転換による現場の混乱を考えると、どれほどの効果があったかは定かではありません。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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火力の不足は,「かわいい猫」という最強兵器で補えば大丈夫です!!!!! |
消印所沢 URL 2009/01/07 23:47 |
それが巨大化したぬこであっても? |
眠い人 2009/01/12 23:21 |
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