姓名判断

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今日は引き籠りの予定だったのに、台風一過の好い天気。
だのに、システムが不具合で、会社に出かけてきました。
明日も会社だ…orz。

民法750条の規定と言うのは夫婦の氏について規定した項目で、現在はこの様に書かれて居ます。
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
法律用語では「氏」ですが、普通の日本語ではこれは「姓」と呼んでいます。
「姓」と言うのは広辞苑では、「一族。家すじ。氏。苗字。」と書かれており、「氏」は、「同じ血族の集団。それを表示する名。うじ。姓(せい)」で、姓と氏を同意義に解釈していますが、古代中国では姓と氏と名字とは全く違うものです。
但し、時代と共にこれが日本語化されてくると、姓と氏が同一視されるばかりではなく、家の名に当る家号の部分も名字と言う形になっていきます。
姓を「苗字」と言う事もありますが、これも、「苗」と言う文字に苗裔(血筋、遠い子孫)と言う意義があることから、当て字に用いたのが定着したのではないかと言われています。

中国や朝鮮では、「氏名」とは言わず、「姓名」と言います。
英語ではfamily nameと言い、これが中国や朝鮮の人々にとっては一番すんなり理解出来る言葉だそうです。
しかし、英国人は通常Surnameを用い、米国人の場合はLast Nameを用い、フランス語はNomと称しています。
個人名のことは、英国人はGiven NameまたはChristian nameと言い、米国人はFirst name、Second name、またはMiddle nameの語を良く用い、フランス語はPrenomと称しています。
このうち、東洋圏の人々が理解出来るのは、Given Name、つまり、親から与えられた名と言う意味で、First nameやらChristian nameは理解しにくいとされています。

姓の利用は、紀元前5世紀の中国が最も早いと言われています。
ヴェトナムや朝鮮では、その影響を受けて、紀元10世紀頃には庶民でも姓名の使用が開始されています。
欧州では、紀元前2~3世紀頃のローマ貴族の間で家名(姓)を用いていますが、5世紀の西ローマ帝国滅亡によりその使用が廃れ、9世紀に入って再び復活しています。
但し、庶民に広まるまでには至らず、上流階級の中の狭い部分に限られていた様です。
ゲルマン民族は13世紀から地方豪族、貴族間での姓の使用が確認されていますが、一般庶民には未だ受容れられていません。

姓の使用が一般化したのは、1804年のナポレオン民法典で、全国民に対し、家系の名としての姓を、同一家族の子々孫々が代々相続して名乗るように義務づけてからです。
このナポレオン民法典は、フランスだけでなく、当時ナポレオンが影響力を行使していた各国に対しても効力を発し、各国の国民も同様に、姓のない者は姓を創って名と共に名乗る事を命じました。
以後欧米各国では、、創姓使用の気運が波及し、20世紀に入るとそれが全世界に拡大していきます。

これは国民皆兵の徴兵義務合理化や効率的な徴税方法の開発など、近代国家組織を整備する為の行政の必要性から生じたものです。

日本では、従来から農民でも「姓」は持っていましたが、公然と姓を名乗る事になったのは、1875年2月13日の太政官布告からです。
これも、富国強兵政策など近代化政策を進める上での必要性から行われたものです。
アジア地域では、1944年にラオスが創姓を国民に奨め、1916年にタイが創姓普及運動を開始、インドは英国の進出に伴い、18世紀後半から徐々に東インド北部から姓の使用が広がり、19世紀後半に掛け、北部インドや西部インドに向けて広がっています。
イスラーム圏にあるトルコについても、1934年から1936年の間に全国民に創姓登録を行う運動が開始され、これに刺激を受け、イランやアフガーンでも相次いで創姓運動が起こりました。

とは言え、未だに姓を用いていない国も多く、アジア地域では、ミャンマー人全部、インドネシア人の95%、マレーシア人の大部分、アフガーンの各部族の多数、パキスタン人の相当数、ラオス人の約30%が個人名のみで社会生活を営んでいます。

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