創姓登録

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今日は昨日一昨日と休出したので、1日お休み。
何処かに行こうと思ったのだが、朝っぱらから雨だったし、雨読の日々。

さて、ラオスと言う国は、隣国ヴェトナムと違い、中国の影響を余り受けず、姓氏は広まりませんでした。
ラオスの人口の内75%を占めるLao族は、古くからインド文化の影響を強く受け、原始的な農村生活を営んできています。
Lao族の社会の基礎単位は夫婦と未婚の子女から成る小家族であり、家の概念は夫と妻と言う1代限りの横の結びつきが重要な意味を持っており、祖父から父、父から長男と言う縦の家系意識は薄かった為、人々には名のみ有って姓(家名)を名乗る必要性はありませんでした。

この国に姓を創る動きが出て来たのは、1944年、当時フランス人の統治下にあった現地政府が、創姓登録を定めて啓発普及に努め、戦後、ラオス王国として独立した後も、此の動きは引き継がれていきます。
しかし、1960年代当時、未だ姓の登録が為されていない国民は200万人中約35%もいたりするので、中々徹底しているとは言い難かったりします。

ラオス人の名は、1語または2語から成っています。
一方、姓は1語から成るものが一般的です。

初めて姓を創るに当って、ラオス人はそれぞれの職業や部族、出身地の名称を用いず、原則的に父の名を以て姓と定めました。
例外として、祖父より上の先祖に文武に優れた人がいた場合、父の名の代わりにその人の名を姓としたり、王から特例で姓を授けられた場合にはこれを父の名の後に続け、1語に纏めて用いました。
例えば、Deng Abhayと人の場合は、Dengと言う人が姓を創る時、父の名Abhayを姓に決めたケースですし、Nith Singharajと言う人の場合は、Nithと言う人が姓を創る際、父の名Singに王から賜ったHarajを付け加えて姓にしたケースです。

また、各種称号が名前の前に付きます。
名前だけの人は、この称号を名前の前に併用する慣習です。
ラオスはタイの一部だった事があるので、その用法はタイとほぼ同一になっています。

男性の称号としては、Phanathan、Than、Thaoの3つがあります。
Phanathanは、身分の高い人が用いる称号で、「閣下」に当ります。
Thanは上流社会の人、Thaoは一般庶民が用いる称号ですが、両者は15歳前後の少年に用いる称号です。
但し、本人が望めば姓名の一部として成人後も引き続き使用して差支えない、とされています。
謂わば、英語のMasterとMisterと同義と言えそうです。

女性の称号としてはNang、Sao、Dengの3つがあります。
Nangは都会の女性が使用し、Saoは地方の女性が使用します。
Dengは廃れつつあり、殆ど使用されていません。
女性は結婚した際に、夫の姓名の前にNang(またはSao)を付けて呼ばれます。
謂わば、Miss、Mrsになりますが、未婚の場合、Nangsaoと1語の称号を付け、結婚するとNangにする用法も見受けられます。

ラオスはセイロン派の小乗仏教が主流で、Lao族530人に対して、1つのワット(寺院)があり、58人に1人の割合で僧侶が居ます。
終身僧籍にある僧侶には、学識、修行の段階に応じてChan、Thit、Xiengの3種で呼び分けられ、世俗的なThaoは用いられません。

現在、革命が行われ、共和制に移行したので、官吏の称号が用いられていない可能性がありますが、王国時代は、功労のあった官吏には、本人一代限りで使用を認められた栄誉称号がありました。
これは、公式、非公式に用いるかどうかは本人の意志に委ねられているものです。
これには4種あり、最高位がChao Phagna Louang、それに次ぐのがChao Phagna、その次がPhagna、最下級がPiaと言うもので、何れも氏名の前に記述されます。

現在なら兎も角、1970年頃、旅券は手書きが主流、更にその入国審査後の受容れ、外国人登録も手書き書類ですから、この辺の称号とか姓名の有無なんか、結構困ることが多かった様です。
特に、称号や性別なんかは外交官で記入し間違えたら偉い目に遭うケースがあったとか。
入管の職員なんかも結構戸惑ったでしょうし、ともすれば、書き間違えとか誤認があったかもしれません。
そう考えれば、今、盛んに騒がれている北朝鮮工作員の成り済まし入国なんかも案外簡単にできたのではないか、と思ってしまいます。

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