今更ながら千葉ディスティニー(房総半島横断編)

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今日は何とか早起きが出来たので、久々に房総半島横断に挑戦しました。
あ、先週も横断したけど、どちらかと言えば半島一周がメインだったので(汗。

予定では、大原から上総中野を経て五井に抜け、木更津から久留里線の未乗区間を乗り終えて、浜金谷から東京湾フェリーで三浦半島に抜け、帰ってくると言う気宇壮大な計画を立てていたのですが、大原発9時20分頃の列車に乗れなければ、この計画が出来ない訳で…。
それを実現するには、朝6時半の電車に乗る必要があり、結局これは挫折して、1本遅い列車で上総中野に行くことにしました。

取り敢ず、王子からホリデーパスを購入。
首都圏の都市部JR各線が2,300円で乗れ、青春18きっぷと違って、特急にも乗れるお得な切符です…が、外房やら内房は都市部ではないので、ここから外れる事になります。
東京から特急で大原まで行くことにしたのですが、後でよく考えると、1本前の電車に乗れたのですから、外房快速に乗っても大して違いがなかったり…。
とは言え、改札で混雑してしまえば、出だしから躓くので、安全策を採って、特急に乗って行ったり…。
取り敢ず、車内改札で大網からのはみ出し部分を購入。

さて、大原で30分潰して…と言っても周りには何もなく、列車の写真を撮っていたら時間が来ました。
大原からは第三セクターのいすみ鉄道のレールバスに乗ります。
このいすみ鉄道、元々は千葉県営鉄道の人車軌道で、1912年に開業したもの。
その後、県営から民営になり、1922年、夷隅鉄道として単端式気動車を導入しました。
1930年、この軌道を流用して、国鉄が木原線を開業しますが、この木原線、本来は大原と上総中野を経て久留里線上総亀山を経由し、木更津に抜ける予定でした。
木更津の「木」、大原の「原」を取って木原線と称した訳ですが、残念ながら木原線は上総亀山に、久留里線は上総中野迄達した所で力尽き、其の儘泣き別れとなって、現在に至ります。

この木原線、関東圏にあるにも関わらず、相当なローカル赤字路線でした。
沿線には大原の他、大多喜位しか人が住んでいる場所を通っていません。
ですから、北海道と共に、レールバスの実験地に選ばれ、国鉄初のレールバスであるキハ01形が配属されます。

しかし、実験は失敗しました。
当時は学生などの通学需要は結構有り、通学時間帯にこの小さな車体では乗り切れなかったりした事案が続出したのと、非力だったり、統括制御が出来ないので、数両繋げると、各車両毎に運転士が必要だったりとか、結果的に経済メリットが出なかった訳で、数年で引揚げられてしまい、以後国鉄末期になるまでレールバスの導入は控えられていました。

1981年、一旦第1次廃止対象線区となったものの、地元の猛烈な「乗って残そう」運動で、輸送密度が2,000人/km日となった事で、4年間廃止は棚上げされ、結局、1988年に第三セクターのいすみ鉄道となります。
因みに、その後も欠損続きで、今年も廃止寸前まで行きましたが、何とか残すことに成功しました。
とは言え、車輌は既にレールバス型車輌を20年も使い続けており、設備も陳腐化しているので、生き残りにはちょっと厳しいかも知れません。

その終点上総中野から、五井に向けては小湊鉄道と言う京成系の会社が運航している非電化私鉄があります。
こちらも、五井から上総中野を経由して、房総半島を南下し、鴨川市の小湊に達する予定でした。
小湊と言えば、日蓮の誕生地ですから、こちらは京成が成田山新勝寺などの参拝を目指した様に、日蓮宗の信徒を運ぶ路線を目指した訳です。
しかし、こちらも小刻みに延長はしていったものの、遂に上総中野で資金が尽き、丁度、其処で木原線が延びてきたことで、これ幸いと打ち止めとなったものです。
車輌も駅舎も、昭和の時代其の儘で時間が止まった様な感じです。
てな訳で、この雰囲気を利用して、駅や車輌でのロケが多数行われています。

さてさて、話を元に戻すと、五井から大原、大原から五井に抜ける場合、房総半島横断乗車券と言う切符があります。
1,600円で、いすみ鉄道、小湊鉄道を片方向のみ自由に乗降出来る切符です。
両方を正規運賃で乗り通すと大体、2,000円なので、結構お得。
ところが、小湊鉄道は五井でこの切符を売っているのですが、いすみ鉄道は大原が無人駅なので、この切符の発売はありません。
発車前に運転士さんが、横断切符の話をして、切符の枚数を確かめて無線で連絡すると、途中の大多喜駅で引き替えてくれる、と言うものです。

合理的と言えば合理的だけど、いすみ鉄道で大多喜より前に降りて再び五井を目指す人はどう対応しているのか、人ごとながら心配になりました。
列車内は、団塊世代の人々数名と、何かのオフ会らしき若者、親子連れ、茶髪の若者その他と言う構成。
途中の駅で、この茶髪の若者達が降りたのですが、両替しただけで、運賃も払わずに下りていきました。
こんな事をしているから経営が悪化するんじゃないか、と小一時間(以下略。

途中駅でも結構降りる人がいて(乗る人は滅多にいない)大多喜駅で大部分が降り、車内に残るは、私とおばちゃん2名、親子連れしか残りません。
親子連れのうち、1名は小鉄ちゃんなのですが、もう1人の弟はそんなものに興味はなく、車内でひたすら眠っていました。
結局、大多喜から上総中野まで乗り降りした人はおらず…。
てことは、大多喜で線路をぶった切れば良い様な気がする。
と言うのも、上総中野から先、小湊鉄道の列車は全く接続がありません。
休日ならば、駅前からバスがあるのですが、土曜日は対象外(苦笑。
11時半に着いても、次に五井に行ける列車が来るのは15時半と4時間後。
しかも、上総中野は観光地ではないので、何もない状態です。
但し、隣の養老渓谷駅には1時間に1本来ています。
どうせなら、いすみ鉄道が養老渓谷に乗り入れれば、いすみ鉄道としても、大多喜城だけでなく、養老渓谷の渓谷美や養老渓谷温泉もセットに売り出せる様な気がしますが…。
1日5本しか直通が無くなりましたし、タブレット閉塞にして間合いで乗り入れても罰は当るまいと思うのですが…。

で、養老渓谷まで列車も駄目、バスも駄目となれば、タクシーか歩くか…。
タクシーは出払っていた(と言うか地元タクシーがあるが、そもそもこっちに来ていない)ので、歩くしか無く…。
養老渓谷駅まで6kmを歩くことにしました。
まぁ、線路沿いに歩いていけば何とかなるべぇ、とテコテコ歩いていった訳ですが、3km歩いた所で、人家も何も無い場所を歩く羽目になり、ちょっと涙目になりかけていたら、お天道様はちゃんと見ていらっしゃったようです。
車がすっと横に徐行して来て、人の良さそうなおばちゃんが、「あんた散歩?」と聞くではありませんか!
「いえ、隣の駅まで歩こうか、と…」と答えると、「遠い、遠い、近くに行くから乗って行きなさい」。
お言葉に甘え、乗せて戴くことにしました。

何でも、養老渓谷の大きな農家から大多喜に嫁いだ人で、アパート経営で悠々自適な生活の人だそうで、今日はいつも農産物を送ってくれるので、お礼に服を渡しに行くついでとか…。
途中、「彼処、親戚」、「此の家も親戚」、「あっちが本家で…」いや、豪農ですねぇ。

予定では1時間以上掛かるところ、半分の30分で済み、予定よりも1本前の列車に乗ることが出来ました。
流石に二本の足と、ガソリン機関との差ですね(ぉぃ。

丁寧にお礼を申上げて、さて、小湊鉄道に久々の乗車ですが…う~みゅ、鉄ちゃんばかりだぞい。
昔は誰も相手にしていなかったのに、懐かしの国鉄気動車とか昭和のノスタルジーとか言う話で小湊鉄道が取り上げられて以来、結構鉄ちゃんが押し寄せてきている様です。
しかし、マナーの成っていない鉄ちゃんが多いのか、乗務員室の窓に、「所構わず撮影するお馬鹿の所為で運航に支障を来すので、暗幕を下げさせて戴きます」(大意)という張り紙があって、3枚窓の中、右端しか前が見えなくなっていました。
有名になるのも困りものです。

で、今日のロケハン、上総鶴舞駅で、駅名標を「上総鶴舞」から「泣き地蔵」に変えて何やら撮影が行われていましたが、CF?ドラマ?映画?

そんなこんなで、漸く五井に到着しました。
てな訳で、第二弾に続く。

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