Grandma's Recipe

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今日は二度寝して結局目が覚めると11時過ぎ。
慌ててインフルエンザの予防接種に行き、一旦帰って様子を見て、異常が出ないようなので、手近に神保町へと行ってきました。

帰りに散髪に行ってきたのですが、初めて1,000円散髪と言うのを体験してみた訳で…。
矢張り、値段相応で渡辺謙に似た髪型にされてしまいましたよ…orz。
幾ら不景気だからって、散髪くらいケチっちゃ駄目ですね。

さてさて、城造りの話はそっちのけになっていますが…食い物話は軍板の華と言う事で(ぉ。

最近の子供が好きな料理は、「カラスヤハハコ」とか、「ハハキトク」と言うのが定番だそうです。
「カラスヤハハコ」は、カレーライス、ラーメン、スパゲッティ、ヤキメシ、ハンバーグ、ハムエッグ、コロッケ。
「ハハキトク」は、ハンバーグ、ハムエッグ、ギョウザ、トマトケチャップ、グルタミン酸ソーダだとか…。
子供だけでなく、お年寄りでもハンバーグは好評で、都市の業界倶楽部の食堂で、元経営者といった風情の老紳士からの注文が一番多いのは、ハンバーグステーキだそうです。

あ、そう言えば、ガストが流行って、すかいらーくは無くなるそうですね。
一方で食の安全を求め、一方で安さを求める消費者って、何か間違っているような気がするのは気のせいでしょうか。

minced meat、つまりミンチが作られたのは欧州では既にホメロスの『オデュセイア』に「挽肉を練って動物の腸に詰めたものを炙って食べる」と言うものが登場しています。
これはソーセージの起源と言われていますが、ソーセージ(sausage)は、語頭にsauが有る様に、塩(sal)が使われるのですが、これには塩が出て来ませんし、湯通しも燻製もありませんので、異説として、ハンバーグステーキか焼き団子の類ではないかと考えられているそうです。
東方には、スパイスを使って挽肉を生の侭食べる「タルタルステーキ(Tartar steak)」がありましたが、蒙古の東征によって広まったとされています。
このタルタルステーキを焼いて食べ始めたのは英国が最初だそうですが、これをハンバーグステーキ(hamburg steak)と呼ぶようになったのは、焼いたのは英国だが、実際にやったのはドイツ人だからとか、米国にドイツ移民と共に伝わったからだとか言う説があります。

米国では、質素なドイツ人が食べるビーフステーキと言う意味で、この言葉が広まったものとされていますが、ハンブルグと言う都市で、ハンバーグステーキが有名かと言うとそうでもなく、米国の婦人団体がドイツに交流の為に行って、ハンバーガーを作って見せたらハンブルグ市民が非常に珍しがったとか言われています。

米国でハンバーグステーキなるものが何時出現したかと言えば、1836年のニューヨークのレストランのメニューに既に現れているとか、1884年のボストンの新聞記事に現れていると言う説があり、大体19世紀中に出現した様です。

ハンバーグをパンに挟んだのが最初に登場したのは、1904年、セントルイスでのルイジアナ購入100年祭博覧会のことです。
10年前の統計では、米国人は週平均3.5個のハンバーガーを食べており、発明されてから1970年までに食されたハンバーガーは120億個、これを1人の人が5分に1個ずつ食べるとして、11万4,000年間食べ続ける計算になります(暇な計算をした人もいたものですが)。

もう一つ、米国の2大サンドイッチと言えば、ホットドッグです。
こちらは米国では年間140億個食されており、1秒に500個食べている計算になります。
米国人1人当り、年平均80個。
ソーセージメーカーの冊子には、「ホットドッグの歴史は、アメリカが大切にしてきた遺産である」と書いてあります。

1939年、英国のジョージ6世とエリザベス王妃が米国を訪問した際、ルーズベルト大統領夫妻が2人をピクニックに招待し、ホットドッグをメニューに加えてから、上層階級でも大手を振って食べられる様になったとか。
又、イブ・サン・ローランがマンハッタンのペントハウスにニューヨークのファッション界の人々を招いた時、シャンパンとホットドッグを出して、其処に然りげ無くフォアグラを添えたそうです。

このホットドッグも20世紀に入ってからの発明品です。
1904年のセントルイスでの博覧会の事、ババリア出身のソーセージ売りがこの博覧会会場で炒めたウィンナーソーセージを売っていましたが、熱いのが売りだから手で掴めないので、最初は客に白い手袋をサービスしていました。
しかし、手袋を買うのはコストが掛かる。
もっと手っ取り早い方法は無いかと考え、手袋の代わりにパンで包んだと言うのが最初と言う説と、1867年にドイツ人移民のフェルトマンと言う人物が、ニューヨークにて、最初手押し車でミートパイを売り歩いていたのですが、商売敵が多くて色々考えた末、手押し車にコンロを積んでお湯を沸かし、フランクフルトソーセージを温めてサンドイッチにする事を思いついたと言う説があります。

で、これが何故ホットドッグとなったかと言うと、ある町で炒めたフランクフルトソーセージを売り出した男が居て、有名になった所、口の悪い男が行って食べてみて、「何だ、熱い犬肉だけの事じゃないか」と悪口を言ったそうな。
店の男は少しも怒らず、これを逆手にとって、Hot Dogと大書して看板にしたら、益々売れたと言うのが、『アメリカスラング辞典』にあります。
もう一つの説としては、ニューヨークの野球場で飲食物の一手販売権を持っていたハリー・スティーブンスと言う男が、寒い日にもスタンドに来るファンの為に、何か身体の温まるものをと考え、フランクフルトソーセージを炒めて、「熱いよ、熱いよ」と叫んで懸命に売っていた声を聞いたタッド・ドーガンと言うスポーツ漫画家が、これに着想を得て、しゃべるソーセージを主人公にした漫画を思いつき、そのフランクフルトソーセージの形態がダックスフントに似ているから、主人公の名前を“Dachshund”に決めたのですが、彼はこの綴りを知らなかったので、面倒だ、とばかりに“Hot Dog”にしたからと言うのもあるそうです。

米国のホットドッグチェーンで有名なのが、Nathan's Famousと言う店だそうです。
「ネーザンは有名だよ!」と言う名前が何で付いたか。
ネーザンと言うのは、16歳の時に米国に渡ってきたポーランド移民である創始者ネーザン・ハンドウェーカーの名前です。
ネーザンは、米国に着いてから、フェルトマン(さっきのホットドッグの創始者の1人と言われている人)が成功して、コニーアイランドで始めたレストラン「フェルトマン」でホットドッグ用のパンに切れ目を入れる係に雇われました。
この時の「フェルトマン」のホットドッグは10セントでした。
ハンドウェーカーは、昼間はフェルトマンで働いていたのですが、夜は別の場所で皿洗いをしていました。

ある時、ある男が気紛れに、5セントでホットドッグを売ったら成功するよと言った言葉を真に受け、フェルトマンで働いて4年も経たない頃、300ドルの貯金を叩いて、5セントのホットドッグスタンドを開いたそうです。
勿論、10セントのフェルトマンよりも半値なので、馬鹿売れに売れたのですが、幸か不幸か店の名前がありませんでした。
その頃流行っていた歌に、「ネーザン、あなたは何を持ってるの?」と言う歌詞の曲がありました。
ネーザンの知人がそのことを言って、「ネーザンは有名だよ!」と答え、それが彼の店の名前になったと言う訳。

彼は馬車馬の如く働きました。
彼の知人に依れば、「1日20時間、1年365日働き、店の2階に寝泊まりし、「人の欲しがるものを食べさせるんだ」と言って、決して値上げせず、店に目を光らせ、スタンドの人の行列を見ていた」と言います。
新しく若い人が入ると、社長だからと踏ん反り返ることなく、手取り足取り、玉葱の皮を如何に効率よく剥くかを教え、空になった玉葱袋を、ドラム缶で煮て布巾にする事を教えていました。

息子に社長の座を譲ってからも、彼はバスを乗り継いで毎日コニーアイランドの店にやって来ました。
一方、息子は運転手付の車で出勤しました。
ある時知人が、息子の出勤風景を見て、「あなたもどうしてああしないのか?」と聞くと、ネーザンは笑いながら、こういったと言います。
「…私は金持の親父を持たなかったからね」

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