5月2日の行動をトレースしてみるムーヴメント

折角の大型連休(by 日本放送協会)が昨日、サーバのトラブルが発生したことで帳消しとなり、今朝は朝早くから冷蔵庫に出勤でした。
これも、大型連休(以下略)を楽しめなかった人の恨みによる犯行か分かりませんが(ぉ。

てな訳で、昨日に引き続き、2日目行ってみようかぁ!

2日目は七尾からスタートです。
七尾と言えば我々の世代は七尾こずえなんですが(ぉぃ、最近は「能登かわいいよ能登」だそうで…。
で、七尾からのと鉄道に乗って能登中島に向かいます。
のと鉄道は全部標準形軽快気動車NT200形に取って代わられました。
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で、能登中島で出会ったのがこれ。
郵便客車オユ10形2565。
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元々郵政省が保有していた郵便輸送用客車で、走行中に仕分け出来るよう、中に棚があり、車中で係員が作業をしていたので、作業環境向上の為、当時としては珍しく冷房などが付いていたもの。
東京の中央郵政研修所と此処にしかないレアものです。

もう一つが、この「のと恋路」号用の気動車。
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此の恨み晴らさでおくべきかと思ったら、相手は疾っくの昔に退役して教室になって居ました。

列車が来るまで30分、ぼけ~っとその辺を歩いていると、藤棚を発見。
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他に躑躅なんかも満開でした。

七尾に戻って初めて883系に乗って一路、金沢へ。
此処から、北陸初の「地下鉄」である北陸鉄道浅野川線に乗ることにします。
此処は地下鉄もさることながら、終点近くの鉄橋も魅力的です。
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電車自体は、井の頭線と大して変わらなかったりしますが(苦笑。

内灘から折り返して、再び金沢に出て、一駅だけJRに乗って西金沢に行きます。
此処から、北陸鉄道のもう一つの路線である石川線に…。
末端の加賀一の宮と鶴来の間を廃止するかどうするかで揺れている路線です。
因みに、始発駅は金沢中心部の野町なのですが、此処まではバスしかなく、時間が読めないので接続駅の新西金沢から乗車します。
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こっちも元東急の7000系が主力になって居ますが、つい最近、井の頭線の電車が入り、オリジナルの車輌が廃車されました。
北陸の鉄道で面白いのは、除雪用に未だ未だ電気機関車が現役であることです。
北陸鉄道には、凸型のED201。
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それに箱形のED301の2台が在籍しています。
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折返しの電車で、再び西金沢に戻ると、今度は福井に向けて出発です。
福井に向かう普通電車は、「食パン」電車でした。
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これは、元々583系寝台特急電車でした。
ところが、新幹線の延伸で、こうしたコンセプトの車輌が不要になり、一方で短編成ながらフリークエントサービスを行って、赤字に悩む線区の経営環境を好転させたい…但し費用はなるべくかけないで…。
そうして、考え出されたのが、余った583系をぶった切って3両一組に組成し直し、ロングシートを車端部に置いてみましたと言うお手軽改造車輌。
かくて、中間車を改造した車輌は大面積の正面に申し訳程度の運転席を設けたので、こんな形となり、付いた渾名が「食パン」電車。
当然、お手軽改造なので、特急時代の座席はそのままですし、実はロックされているだけで、寝台も未だあったりします。

福井からは、えちぜん鉄道に乗車です。
丁度入っていたのが、三国港行きの電車だったので、これに乗り込みます。
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この5001形は前身の京福電気鉄道福井支社が路線活性化の為に地方私鉄としては珍しく新製した電車ですが、その願いもむなしく、2両のうち1両は事故で廃車となり、京福撤退の切っ掛けとなりました。

後は福井口で駅撮りです。
今の主力は、愛知環状鉄道が万博を契機に放出した6101形ですが、昔は阪神電車の車体を載せた車輌が主力でした。
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今でも偶に走っているようです。
これも、2両のうち1両は事故で廃車となりました。

田原町では、福井鉄道と接続していますが、こちらは路面電車主体です。
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夜の帳が下りる頃、この200形がドンゴロドンゴロと走ってきます。

そして、この日は福井で宿泊です。

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