七分獲一

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明日は開店休業の日なので、今日は夜遅くまでお仕事。
と言っても、昨日よりは早く帰宅したのだが、既に家人は寝ておりました。
お陰で、外に食べに出る羽目になりました。
うちの周りはまともな飲食店はおろか、ファミレスですら徒歩10分くらいの場所にあるので、苦労します。

ここ数日、バタバタと仕事を続けているので、今日の日にちが分からなくなっていました。
てっきり、今日が10月19日だと勘違いしたほどです。
それにしても、1ヶ月も日付が遡るってどういう事よ、って感じです。

この前の新聞を読んでいると、森繁久彌さんの記事が載っていました。
森繁久彌さん、幼少の頃は関西に住んでいらっしゃったみたいで、小学校5年生まで西宮の鳴尾小学校に通ってらっしゃったそうです。
鳴尾小学校の120周年記念式典には残念ながら出席出来なかったようですが、立派な巻物の手紙を寄越して、子供時代の思い出を連綿と綴っていたそうです。
そう言えば、関西に住んでいらした割には、余り関西弁の役が無かった様な気がします。

人が死ぬと、その処理に色々な雑事が出て来ます。
特に供養に関しては、自分の田舎と、現在住んでいるところのやり方が異なるとか、親戚の言うことも色々あって収拾が付かないと言った場合もあるでしょうね。
幸いにして、私が喪主になった時にはそんな話にはなりませんでしたが、人様の葬儀を見ていると、「ぉぃぉぃ」と内心思うことも多かったり。

仏教には、こうした人々を迷いから救うための言葉として、「七分獲一」と言うのがあるそうです。
故人に対する供養の功徳は、7分の1だけ故人に行き、残りは行った人の元に来るとされていて、死者に対する儀礼とは、生者を救うためのものだと言う訳です。
また、「愛別離苦」の克服とか「同悲」とも言われます。
つまり、愛しき人と別れる苦悩、悲しむ人と共に悲しむと言う事です。

新興宗教の中には、霊障とか祟りを煽って、人の不幸事につけ込み、金品を巻き上げたり、高額な物品や墓石を売りつける人もいますが、冷静になって考えると、例えば仏壇とか、墓石などは仏教が誕生した頃には存在しなかった訳です。
つまり、途中で故人を追慕するため、生者が死者から救いを得るために出来たものですから、逆に言えば、何も無くても、死者を敬う気持ち、また、死者を忘れずに手を合わせる心があれば、それが一番の供養だと言えます。

そう言えば、「お手々の皺と皺を合わせて幸せ」と言う仏壇屋の広告がありますが、あれは本当にこの七分獲一の精神を体現しているものであると言えるのではないでしょうか。



戦後日本と戦争死者慰霊—シズメとフルイのダイナミズム
有志舎
西村 明

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