ある中学校の話

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今日も暑かった…と言うか、昨日は日陰がそこそこ涼しかったのですが、今日はまともな日射で、終日死んでいました。
クーラー無しで午後を過ごしましたが、流石に夕方からはクーラーを付けないと死にそうに。

そんな暑い中、『刑務所の中の中学校』と言う本を読んでいました。
先日、渡辺謙や大滝秀治等が出演した、TBSのドラマ、「塀の中の中学校」のモデルになった学校の元教師が書いた本です。
これは、文字通り、松本少年刑務所内にある松本市立旭町中学校桐分校と言う学校の話です。

ドラマでも描かれていたかと思いますが、少年刑務所とは言え、此処に集まるのは事情があって義務教育を受ける事が出来なかった少年受刑者や一般受刑者で、それは全国の刑務所から募集されます。
ですから、下は20歳代もいますが、上は60歳代後半、70に手が届こうかと言う人までいます。
そして、全国から来た受刑者達は、入学審査を受けると、翌日、真新しい中学生の制服に身を包み、教育委員会などのお歴々や、少年刑務所の受刑者達が集まる入学式に臨み、中学校3年間の教育を、これから1年間みっちり行う訳です。

勿論、彼らの中には小学校も満足に通えず、ひらがなすら読めない、文章すら書けないと言う人達もいます。
教師達は、時に厳しく、時に親身に相談に乗り、彼らを叱咤激励して、何とか1年間の課程を修了させようと努力します。
ただ、授業について行けずに志半ばで挫折し、梅雨までにこの学校を去ろうとする生徒も幾人かいるそうです。
教師達は、「梅雨明けまで保たせる」を合い言葉に、彼らと向き合います。
梅雨明けを越えると、生徒の学力は見違えるほど向上し、クラスの中に連帯感が生まれ、漢字の読めない生徒に別の生徒が文字を教えると言った光景が見られるようになるそうです。
更に、社会復帰を支援する為に商工会議所の協力により珠算検定試験が学内で開かれ、その中で検定何級を取る生徒も多くいます。

こうした傾向は、松本少年刑務所の各受刑者にも刺激を与えているそうで、例えば毎年9月から10月にかけて行われる所内の運動会では、良い成績を上げる中学生達に、「追いつき、追い越せ」を合い言葉にして、俄然、他の受刑者も頑張りを見せ、所内の活性化にも繋がっているそうです。

また、受刑者は原則として、塀の外に出る事はありません。
しかし、10月と翌年の2月の2回、事前にオリエンテーションも無く突然なのですが、机の上に制服が置かれる日があります。
これが遠足の日です。
この日は、塀の外に出て、しかも腰縄も手錠も付けられません。
つまり、逃げようとすれば何時でも逃げられますから、教師は毎回緊張の連続だそうです。
教師の方も、生徒を信頼しきれるかどうか、生徒も教師の一挙手一投足を正確に見ていますから、ちょっとでもそれを損なうような事があれば、「やっぱり」となってしまいます。
謂わば、教師の方も試験されていると言えます。

10月の遠足は、開智学校やわさび園、それに美術館や北アルプスの雄大な光景を堪能します。
また、これは一種の社会勉強をも兼ねていますので、入館料も生徒にお金を与えて支払わせます。
お昼も弁当を明るい日差しの中で食べ、北アルプスのほとりの湖で楽しい一時を過ごして帰ってくるのです。

2月の遠足では、松本城や梓川発電所などを訪れるのですが、その中でも、ハイライトが、分校の母校である旭町中学校の訪問です。
普通、こうした学校への訪問は、親や教師、それに生徒に至るまで身構えてしまい、それを受刑者たちが感じ取って士気が下がる、或いは矯正の効果が薄れると言うケースが多かったりするのですが(刑務所の誘致なんかで反対運動が起きるのがその一つかも)、長年この中学校では、毎年分校の生徒を受容れていて、それが誇り高き伝統になっているからか、非常に自然に分校生徒の訪問を受容れています。
こうした学校では、昨今言われている学校の諸問題は余りないのでは無いかと思ってしまいます。

このイベントでは、校長の授業を受け、校内見学を行い、家庭科の実習でPTAの人達、先生方と、信州名物のお焼きを作ります。
そして、音楽室に向かって、現役生徒達との交流を行います。
本校の生徒達と親子、いや、中には孫くらいの人達との交流授業で、校歌の合唱や、「故郷」の合唱を行ったりするのですが、今まで人と純粋に接する事が少なかった人達が、この機会に接する事で、人として受容れてもらえた事を肌身に感じて涙を流すと言い、また、旭町中学校を我が母校と思えるようになり、心の拠所となる効果があるそうです。

その1週間後、卒業認定会議があり、面接を経て、いよいよ卒業式。
彼らが使っていた教科書は、幾度も開く事でボロボロになり、学業もさることながら、人間的にも大きく成長を感じ取れるようになっていきます。

初めてまともに卒業証書を貰って、「仰げば尊し」を歌う時には、みんな望陀の涙を流し、卒業生達は全く歌えなくなるそうです。
卒業すれば、再び彼らはそれぞれの刑務所に帰っていきます。

僅か1クラス10名程度で、1学年しかない小さな教室での1年間、卒業しても同窓会をする訳でも無く、近況を語り合う事もありません。
残念ながら、前科者、そしてムショ帰りと言う言葉もあるように、こうした人々に対し、日本の社会は色眼鏡で見ます。
その後の彼らの再犯率などのデータはありませんでしたが、かなりの確率で、この教育を切っ掛けに自分で努力し、社会の中で何とか足がかりを見つけているようです。

女子には残念ながらこうした機会はありません。
また、全国にもこうした教育の機会を提供し、窓を開いているのは松本少年刑務所のみです。

一応、日本国憲法にも、教育を受ける権利、そして義務を有します。
しかし、実際には、親であっても、子供に教育を受けさせない人もいますし、折角親が教育を受けさせようとしても、面倒だからと言う理由で、問題児に教育を受けさせない事なかれ教師達も残念ながらいます。

東京なんかは最たる例だと思いますけどね。
そもそも、教育委員会が校長も含め全教師を管理し、全教育課程を管理すると言う時点で、それは現場から活性を失わせていると思うのですが…。

そう言えば、義務教育を受けられなかった人達の夜間中学や定時制高校も、行政改革と言う旗の名の下に、どんどんと無くなっています。
この国の教育政策が何か間違っているような気がするのは私だけでしょうかね。

本来はやり直しの効く社会が理想です。
子供の時にまともに教育が受けられなくても、成人になってから後悔する事もあるでしょう。
その時に受け皿がないと、いつまで経ってもその人達に教育の機会は無いですし、その為に犯罪に走る人がいるかも知れません。

元々、人間というのは知性有る生き物ですから、学力がゼロのままという事はありません。
伸びしろはかなりあります。
例えば、赤ん坊から幼児に至り、学齢に達するまでの知性の伸びは、かなりのものがあります。
教育の機会さえ有れば、文字の書けない人でも文字が書けるようになり、文章が読めるようになり、加減乗除が出来る様になり…と考えていけば、元々が低い分、相当学力は伸びていく筈です。
実は、その人の頭の中にある素晴らしいアイデアがあるのに、それを言葉に出来ない、文章に出来ない、図に書けないと言うのは、人類にとっての損失ではないか、と思ってもみたり。

永田町で無駄に議員に飯を食わしていたり、霞ヶ関で課長級以上の公務員に専用車を与えている金があったら、こうした部分にもっとお金をかけてやれば良いと思うのですが。

ある67歳の生徒がこう話しています。
「先生、自分がこの年齢になってどうして桐分校で勉強したいと希望してきたかというと、死ぬまでにはどうしても中学校を卒業して、人並みになってから死にたいからなんです。」、と。

あ、今日から別の話を書こうと思ったのに、どうも熱くなってしまいました。

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