V字型尾翼の系譜

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本当は明日にお休みして4連休にしたかったのだが、明日は別の会社に赴かなければならないので、今日はお休み。
と言っても、何処かに出掛ける訳でも無く、ひたすら写真の整理に勤しんでおりました。
御陰様でやっと7月末に出掛けた羽田空港の写真の整理に先が見えてきた。
しかし、その後成田空港に行って、ついこの間に羽田空港に出掛けたので、賽の河原状態なのですが…今週末、また成田に行くし。

さて、フランスは戦後、インドシナ紛争とアルジェリアの植民地独立戦争の泥沼に嵌まり、それと共に政治、そして軍事が迷走しまくります。
しかし、軍用機の世界では比較的まともな機体が誕生しています。
一方で、植民地ゲリラ掃討用の機体は迷走を続けていますが。

練習機の世界では、小さな航空機ベンチャーであるフーガ社が革命的な機体を完成させます。
このフーガ社は元々グライダーを生産していた会社で、1947年、フランス空軍向けに輸送用大型グライダーであるCM.10を完成させたのが最初の機体となります。
軍用グライダーは、曳航機が必要で、しかも、大型グライダーだと、更に大型機が曳航機として必要になり、その割に輸送力が向上しないことから、結局ヘリコプターの発達に伴い下火になってしまいました。

軍用として活路を見出せなかったフーガ社は、そのグライダーにモーターを付けて軽輸送機としようと考えました。
これが1949年に初飛行したCM.100ですがこれも試作機に終わります。
2年後、この機体にジェットエンジンを取り付けて、CM.101R-02と命名しましたがこれも試作機止まり。

これとは別に、フーガ社は自社製品の単座ソアラーに動力を付けようと考えました。
しかし、他の会社と違い、フーガ社ではモーターグライダーを開発する際にピストンエンジンを搭載しようとは思わなかった様で、当時の革新的な動力源であるジェットエンジンを搭載する事にしました。
機体自体はソアラーですが、チュルボメカ社の推力僅か60kgと言う小型ジェットエンジンをHe-162の様に背負い式に取り付け、そのエンジン排気流を乱さない様に、尾翼はV字型に配置しています。
CM.8と名付けられた機体は、様々なジェットエンジンを搭載して試験が為され、前期型のCM.8R-8とCM.8R-9、それに改造型CM.8R-13までの各種機体が1949年から一定数作られました。
ただ、ジェットエンジン搭載グライダーは流石に時期尚早だったのか、民間セールスには結び付かず、これも10機足らずの試作機のみで終わっています。

因みに、フーガ社では、ノースアメリカンが朝鮮戦争で活躍したF-51Dを2機繋げたF-82にヒントを得て、CM.8を2機繋げた、その名もCM.88Rと言う複座のゲテモノ機を1951年に作っています。
こちらは、エンジンが大型化し、チュルボメカのマルボレ1、それを少し強化したアスピン2、更にマルボレ2を1基、2機の胴体の間に設置し、後ろから見れば、尾翼がW型になっていると言うものでした。
当然のことながら、これも試作機のみで終わっています。

ここまで製品が売れないと、会社存亡の危機になった訳ですが、この頃、ジェット機の普及で今までのピストンエンジン装備の練習機では、ジェット機独特の操縦感覚が掴めないのでは無いか、と言う考えが出て来ます。
そして、専門のジェット練習機が求められました。
フランス空軍から仕様が提示されたのは小型ジェットエンジンであるマルボレを搭載した複座機。
これにはフランスの大手各メーカーも応募しました。
最終的に、試作候補はフーガ社から提出されたCM.170と名門のモラン・ソルニエのM.S.755フルーレの2機種に絞られます。

同じ複座ながらCM.170は縦列複座、M.S.755は並列複座と言う事で、空軍も多分比較の意味があったのでしょう。
CM.170はこれまでフーガ社が開発してきたジェットエンジン付きモーターグライダーから発展したもので、操縦性能や安定性が良く、マルボレエンジン2基は今までの背負い式から主翼付け根にスマートに収容され、V字型の尾翼構造はそのままです。
試作機は1952年に初飛行したのですが、対抗馬のM.S.755の初飛行は翌年にずれ込みます。

審査の結果、M.S.755はどちらかと言えば高等練習機に向いている事が判明しました。
それでは、ここ数年、米国同様のオールスルージェット方式を採用することにして、基礎訓練にもこの練習機を利用しようとする空軍の意向に沿わず、CM.170が勝者となります。
但し、量産はフーガ社が小企業であることから、フーガ社はポテーズ社に統合され、ポテーズで生産が開始されて1956年に量産1号機がマジステールと命名されてラインオフしました。

この機体はその後、再軍備宣言が為されたドイツ連邦共和国空軍でも採用され、ハインケルを中心とした企業連合によってライセンス生産されましたし、フィンランドのマルメット社、イスラエルのIAI社でもライセンス生産されました。
また、海軍はCM.170に海軍装備を付け、空母のカタパルトから発艦が出来る発達型CM.175ゼフィールとして採用しています。
この他、ベルギーやブラジル、旧フランス植民地が独立した際にその空軍力を整備する為に供与されたものもありますが、変わった所では、コンゴから分離独立を図ったカタンガ共和国の空軍にも凡そ3機が使用されていました。

各種の試験型も多く開発されましたが、変わった所では超音速戦闘機SO.9050の空力モデルとして、本来翼端に装備するエンジンポッドをマジステールのそれに替えると言うCM.171が1956年に試作されています。
また、イスラエルの機体は中東戦争で盛んに利用され、IAIではマルボレジェットエンジンをA-4に使われているJ52へと換装した近代化改修型を作っています。

本国でもポテーズ社がマルボレを換装して射出座席を装備するなど近代化するCM.173を開発し、その後シュペルマジステールとして生産した機体やハインケル社と共同してキャノピーを各座席独立型からワンピースに替えて胴体を膨らませ4座として各部をリファインしたCM.191を開発し、あわよくばドイツ連邦共和国空軍で100機発注させる予定と言う話まで出ていましたが、こちらはフランスが手を引いて、西ドイツ政府も結局既存機の発注だけと言う事になって、これまた試作機のみで終わりました。

こうして生産された機体は900機以上と言う大ベストセラーとなったマジステールですが、1970年代も後半になると、そろそろ旧式化が叫ばれる様になります。
ポテーズ社を吸収したアエロスパシアル社は、マジステールの主尾翼を再利用し、エンジンを燃費の良いターボファンに、教官と練習生の座席配置を流行の階段式としたフーガ90を自社製作しましたが、残念ながらこちらはフランス空軍の興味を引くに至らず、最終的に開発中止になりました。

流石に戦後直ぐのモーターグライダーから発展した機体も、21世紀まで生き延びる事は困難だった様です。

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