術後の苦しみ

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流石に木曜、金曜、土曜と外に出掛けると疲労が溜り、明日からほぼ1ヶ月ぶりの会社なので、ここらで疲れを取っておかねば、会社に出て死んでたら何を言われるか判ったものではありません。
まぁ、机があるのかすら不明ですが(苦笑。

で、今日は昨日撮影した写真の整理、しかし、途中で力尽きて昼寝。
そして、目が覚めたら17時だったので、テレビを見ようと思ったら二度寝して次に目が覚めたら17時40分。
笑点スペシャルの最初の部分を見逃しました。
しかし、最後の司会指名の部分はしっかり見届けました。
最近は余り見てなかったのですが、三波伸介と三遊亭圓楽の時には毎週見ていましたっけ。
今度の司会は、春風亭昇太師匠ですか。
個人的には初心に帰ると言うことで、立川流から志の輔辺りが出て来るかと思ったのですが…。
そうなると、次に誰が新メンバーになるのか気になるところです。

時に今日は手術後初めて…と言うか入院後初めて風呂に入りました。
入院時、風呂はあったのですが入り方がよく判らなかったので、毎回シャワーでお茶を濁していた訳で。
まぁ、シャワーさえ浴びて石鹸付けてゴシゴシ身体を洗っていれば、垢は落ちますからねぇ。
ただ、退院後はその前日までドレンがぶら下がっていた訳ですから、良いですよとは言われていたものの、怖くて風呂に入ることが出来ずにいました。
実に5日ぶりの入浴です。

幸いなことに、傷口はちゃんと塞がっていて(当たり前)、ドレンの管を入れていた跡も綺麗になっているようでした。
ドレンの管の絆創膏も、木曜くらいで剥がして良いですよと言われていたのですが、流石にこれも怖くて中々剥がせずにいたりしましたけど、やっと今日剥がすことが出来た訳で。
手術跡に貼られた絆創膏は、傷が完全に治ると自然に剥がれるとの事なので、これはそのまま放置せざるを得ないのですが、果たして何時になったら剥がれ落ちるのでしょうか。

その先週金曜の手術。
13日の金曜日に相応しく(苦笑)、相当苦労したようです。
先ず、硬膜外麻酔が通らなかったのが序の口で、腹腔鏡手術を始めたところ、案の定、肝臓と胆嚢が癒着している状態。
それを丁寧に剥がして行ったのですが、総胆管と胆嚢を繋ぐ部分がこれまた複雑に癒着していたので、クリッピングが出来ずに縫ったらしいです。
なので、次回の検査と内視鏡で、その辺りを修正する必要があるかどうかを確認するらしい。
もう少し酷い癒着であれば、腹腔鏡手術を中断して開腹手術になるところだったようです。
結局、準備時間も含め手術に4時間以上かかり、終わってみたら夕方でした。

手術後、親が医者から病変部の説明を聞いたのですが、普通、胆嚢というのは胆汁が入ってないと薄いペラペラの臓器らしいのですが、切除したそれは5cmくらいの厚みがあったそうで、それだけ炎症を起こして癒着していた様です。
胆石も後で戴いたのですが、結構溜っていたようで、全体として小豆くらいの大きさでした。
他にも砂状だったり泥状だったりして、そりゃ、こんなものが身体に溜っていたら、何度も炎症を起こすはずです。

そんな話もあったのですが、全身麻酔でほぼ白河夜船の状態。
喉には人工呼吸器と繋がっている酸素管、そして、鼻からは胃に何か異物が入ったときに吸い出すための管、心電図モニターや点滴の管、酸素濃度を測るセンサーに血圧計が巻かれ、尿道にはカテーテル、そして、エコノミー症候群を防ぐ為のマッサージの機械を付け、更に身体の中にドレン管を入れて、出て来たものを回収する袋が付いていました。
ここから自分では全然意識がないのですが、恐らく無意識に応答したのでしょうね。
手術終了後に麻酔を止め、名前を呼ばれたのに返事したらしく、人工呼吸の管が抜かれ、回復室へ。
回復室と言うからには、1日くらいここに入っているのかと思っていたのですが、酸素マスクを装着され、意識を覚醒させる様にして、大体10~30分くらいで病棟に戻るようです。

大体、病棟に戻る頃には自分でも意識がはっきりしてくるのが判ります。
しかし、痛みとかは余り感じませんでした。
こうして、手術後は病棟のベッドに戻され、先ずは血圧・脈拍・体温の計測と呼吸状態、創部観察をして、こちらでも酸素と心電図モニターを付けられます。
血圧と脈拍、体温計測は戻ってからも15分後、30分後、1時間後、2時間後と適宜行われ、変化を記録します。
大体2時間くらいになるとこちらの意識も大分まともに覚醒してくるので、痛みを感じるようになり、必要に応じて痛み止めの点滴を打つことになります。

翌日も先ずは寝ている状態。
流石に、点滴で生き長らえているとは言え、絶食で体力が消耗しているので、結構眠れました。
しかし、先ずはレントゲンを撮影しに。
とは言え、歩行には未だ難があるので、車椅子での移動です。
無事、レントゲン撮影を終えると、再び部屋に帰って就寝。
ドレンを付けている関係なのか、また38度の熱が出たりしてたので、本来行うべき翌日の歩行の練習はしませんでした。

しかし、導尿カテーテルは2度と付けたくないですね。
あれは自分で排尿しているのかどうかが全く判りません。
ただただ、痛みがあるだけです。
看護師さん曰く、上手く排尿できてますよと言う事だったのですが、自分では排尿しているのかどうかが全く自覚がないので、どう対応して良いのか判りませんでした。
色々と患者の苦痛を減少させる技術が発達しているのですから、これももう少し痛みを減らすことが出来ないのでしょうか。
因みに、男性は4cmほど管を尿道に入れるので非常に痛いのですが、女性はそうでも無いそうです。

ほぼほぼ調子が戻ったのがその翌日の日曜日。
マッサージの機械を外し、立つ練習をしてみたのですが、鼻から胃に入っていた管が喉に支えて苦しいのなんの。
これを抜いて良いかどうかを確認したところ、主治医が丁度やって来て、「あ、苦しいですね。抜きましょう」と、まぁ、あっさり抜いてくれました。
あくまでも念の為の措置で、本来は手術室に終了後に抜く管だった様です。

そして、トイレまでの僅かな距離を往復したのですが、体力が落ちているからか、カテーテルを付けている影響からか、結構な距離感を感じました。
若い私でもこんなですから、お年寄りなんかだとどうなんだろうね、と思ったり。
ま、無事にトイレとの往復が出来たので、尿道カテーテルを外しました。
それでも、その痛みは退院日まで残り、排尿する度に痛かったりします。
現金なもので、カテーテルが外れると便意を催して大をしに行きました。
しかし、小便は全然出ず。

カテーテルを抜いた後は、小便が出たかどうかとガスが出たかどうかを看護師さんに連絡しないといけません。
ガスは直ぐに出たのですが、小便は中々出てくれませんでした。
矢張り、尿意と痛みで行くと、痛みの方が勝るらしい。

そして、昼からは五分粥の食事が供され、半月ぶりのご飯となりました。
ところが、温かい五分粥が中に入っている器の蓋が余りにもピッチリしてしまっていて、体力の衰えた人間ではびくとも動きません。
結局、五分粥を食べるのは諦め、おかずだけを食べることに。
後で看護師さんに言うと、「そんなときは遠慮せずに言ってくださいよ」と怒られてしまいました。
ま、夕食に出た全粥も全部食べられなかったので、恐らく五分粥の蓋が開いたとしても、食べきれなかったのではないか、と思いますが。

昼飯を食べた御陰か、点滴の御陰か、午後にやっと尿意を催し、痛い目をしながらも小便がちんまりと出てミッションクリア。

後は、距離を歩いてくださいと言われて、適度に病棟内を徘徊することにしました。
最初はトイレまでだったのですが、ナースステーションの脇にある体重計まで、次いで、エレベーターホールまで、更にシャワー室までと言う感じでちょっとずつ距離を伸ばして行き、月曜にはレントゲンを再び撮影するためにエレベーターに乗ってレントゲン室まで行ったり、購買部に買物に出掛けたりも出来る位になりました。

しかしレントゲン。
毎回、私がレントゲンに行くのは休みの日なので、呼び出しがあってから部屋の前まで行っていたのですね。
ところが、平日は適当に行って受付して呼び出しも何も無かったのです。
一向に呼び出しが来ないなぁと思って、午後に巡回してきた看護師さんにお話ししたら、「予約要らないですよ」と一言。
慌てて、レントゲン室の受付に行ったら、「午前中だと芋の子を洗うような人混みだったので、今の時間が一番良い時間ですよ」と言われて喜んで良いのか悲しんで良いのか。

まぁ、これくらい移動できるようになれば、大分回復しているのですが、ドレンはまだくっついたままでした。
月曜に執刀医の回診があって、もうドレンで回収ものは大分少なくなっていると言う事で、それを抜くことに。
場合によっては一針縫うかもとの事だったのですが、絆創膏貼っただけで終わりでした。
何とも気の抜けた感じだったのですが、夜の看護師の回診で、寝間着の部分が血で汚れていたことが判明。
急遽、消毒薬を塗ってガーゼを当てて絆創膏を貼ることにした訳です。

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