エコとエゴ

画像

今日は立ちんぼで会社へ。
何時もはどこかしら座っていけるのに、全行程立つと流石にしんどい。
明日は始発に乗っていこうかしら。

エコとエゴって何か語感が似てるなと最近思っています。
エコのためにはエゴイストになる事も多いのでは無いか、などと思ってみたり。

昨今、マイクロプラスチックによる海洋汚染を防ぐとの理由で、ストローやレジ袋が目の敵にされています。
確かに、ポイ捨てされてしまうと、それらは分解しないので鳥や魚が食べ、それを更に大型の魚や海洋哺乳類、猛禽類などが食べることによって、胃で消化しきれず、希少動物の死に至る原因とされている訳ですが、そうしたストローやらレジ袋がその原因の殆どなのでしょうか。

寧ろ、大手化粧品メーカーが大量生産するスクラブ入りの洗顔フォーム、また、ペットボトルの方が多いのではないかな、と思ってみたり。

ビニール袋なんて、正直それを大量に生産する大企業なんてあるのかなぁって思います。
精々が中小の町工場でちまちま作っているだけでは無いか。
それを排除するのは、単に弱いもの虐めしているだけじゃないかな。

スーパーにしてもコンビニにしても、飲食店などにしても、ビニール袋を排除する事で、何となく消費者にエコであると言う意識を植付けて、その実、自分達はエコの美名の元に、実際はコストダウンをしているだけ、或いは下請けいじめをしているだけじゃ無いのだろうか。

本来、こうした努力をしないといけないのは先にも書いた様に、プラスチック製品を大々的に使う企業なのでは無いかなぁ。

一昔前、ジュースやら酒やらの容器でメジャーだったのは缶、その前は瓶でした。
しかし、日本では自動販売機が異常に発達してしまった結果、壊れやすい瓶が先ず淘汰され、次に重い缶が淘汰されていきます。
結果、再利用出来る瓶は消滅し、腐敗して消えていく缶もほぼ消滅しました。
残ったのは、軽くて分解しないペットボトルだけ。
これだって、消費者が別に望んだ訳で無く、企業の論理でやっていった施策では無いか。
それが大量に生産され、捨てられていくのに、これらは分解しませんし、燃やすと炉を傷めるので埋めるしか無い。
それから溢れると、海に落ちてマイクロプラスチックになって海洋汚染を引き起こす。

これ、順番が逆では無いかと思うのですよ。
本当にエコを標榜するのであれば、そもそもが大量のプラスチックを使う製品を先ず淘汰して、それから小さいものに徐々に転換を促していく。
下位に達するまでに充分な時間を掛けていけば、幾ら小資本の工場でも全部が全部でないにせよ、それなりに転換が出来るのでは無いでしょうか。

例えば、ビニール袋を使わないのならば、紙袋に戻すとかね。
一昔前のスーパーなんか、レジ袋なんてのは無くて、紙袋でしたね。
商店でも当たり前の様に紙袋に入れてましたよねぇ。
百貨店でも、競う様に洒落た包み紙で梱包したり、紙バックに商品を入れたりしていましたし。

飲料水や酒や醤油にしても、瓶や缶、いっその事紙パックにしてしまうとか。
実際、日本酒とかには紙パックにしているものもありますよね。
海外で多く見かけるソーダファウンテンだって、多くは紙容器にストローを挿しているいるものも多いんじゃ無いだろうか。

技術の発展で後で再生出来ないものをいっぱい生産するくらいなら、一度時代を後戻りさせても良いのでは無いかと思うのですが。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのトラックバック