世知辛い世の中

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今日から仕事始め。
リハビリで早めに帰ろうと思っていましたが、思ったより色々仕事があって、結局途中で放り出して帰ったら19時半。
休み明けにしてはヘビーです。
おまけに、週末は休日出勤だし…。

今朝はずっと立ちんぼは嫌だったので、始発電車に乗っていく事に。
行きはほぼほぼ座れたのですが、行きは良い良い帰りは怖い。
帰り、間一髪で南北線に間に合ったのですが、1本前が例の埼玉県民泣かせである「赤羽岩淵」行きの電車だった為、激混みで遂に座れず仕舞いでした。
座れずに帰ってくると、200円返せと言う気になります。
まぁ、そうした選択をしたのは自分なのだから、諦めるしか無いのですが。

時に、最近は諦めの悪い人が増えた様な気がしますね。
何か気に障ったら、やれ、謝罪しろだの何だの。
SNS時代になってから、自分の意見が簡単に外に出せる様になったからなのか、しかも、ネットは匿名だという勘違いをする人が増えてきたからなのか、ちょっとした事でも突っ込む人が増えてきた様に思えます。

元々は小さなコミュニティでなり立っていたものを、「金の成る木」とばかりに底辺を拡大した挙げ句、制御が出来なくなっているのでは無いかと思ったりする訳で。
なんでも物事には、管理出来る程度の適正規模と言うのがあると思うのです。
それは、物理的な国や地域にしても同じですし、ネットだって同じだと思います。
あまり大きくなり過ぎると、末端にまで目が届かなくなり、光の当たらない部分では、腐って糸を引いている状態かも知れません。

それがSNSになると、その辺の末端でも中心に出てくる事が可能ですから、より腐って糸を引いている部分が目に付く事になるのかな、と。

小さなコミュニティでやっていた頃は、利用者間で不文律があって、それなりの制御が効いていました。
傍若無人に振る舞う人は、自然と淘汰されていった訳で。
それを拡大拡大していくと、不文律で律する事は出来なくなり、どんな人でも読めば判る成文法が必要になってくる事になります。
ところが、小さなコミュニティの時代からそうした社会を作ってきた人達が未だに中心になっていて、彼等はそうした社会を作り上げた自負がありますから、何時までも不文律に拘り続ける。

結果、制御が効かなくなって今に至ると言う感じじゃ無いでしょうか。
正直、社会の中でこうした不満をSNSにぶつける人は少数では無いかと思います。
その少数の声が、ネットの世界では大きくなって、みんなそれに右往左往する、その結果、そうした声が受容れられた人は勘違いをして、更に増上慢になっていくと言う構図。

ここまで来たら、ネットを使う場合は免許制にするとか、或いは実名登録制にするなんかの対策を採った方が良いんじゃ無いかなぁと思いますけどね。

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