世界の統合と分断の「橋」

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年度末ギリギリになって、毎度の事ながら組織変更。
毎年毎年、よく組織を変えるよなぁと思うやら、呆れるやら。
どうせなら、完全フラットな組織にして、部門長だけ決めてしまい、後は適当に人選すれば良いのでは無いか、などと思ってしまいます。
こんな所にも日本企業の生産性の低さが表れているのでは無いだろうか…と。

さて、ここ最近トイレで読んでいた本の紹介。

以前、『世界の国境を歩いてみたら』と言う本を紹介しましたが、それを海外の研究者がやったらどんな視点で作るかと言う感じの本が『世界の統合と分断の「橋」』(アレクサンドラ・ノヴォスロフ著/児玉しおり訳/原書房刊)です。

姉妹書に同じ作家が書いた、『世界の統合と分断の「壁」』と言う作品もありますが、先にこちらを読んでしまった。
「壁」と言うのは文字通り分断の象徴となり得るものですが、「橋」は川と言う自然環境に対し、双方が便利になるために架けられるものです。
但し、両方の利害が一致していれば「橋」は文字通り交流のキーステーションになりますが、対立してしまうと「橋」は逆に川が自然の防壁になるのに加え、橋そのものも「壁」の役割を果たします。

著者は、世界各地の国境に架かる橋を訪ね、その現況をレポートしています。
彼女が訪れた橋の大多数は、「架け橋」では無く、「防壁」の役割を果たしているものと化しています。

先日の『世界の国境を歩いてみたら』でも触れましたが、国境と言うものは、その境界に住んでいる人々にとっては厄介な線でしかありません。
昔は、双方を行き交う事が出来たのに、ある日突然線が引かれ、分断されてしまう訳ですから。
そして、その線は屡々、特に旧植民地に多いのですが、現地を見る事無く、地図上に於いて便宜的な線として引かれたものが具現化したものとなります。

基本的にそうした国境線となり得るのは、多くの場合、自然に出来た分断線であり、日本の様に海であることもあれば、河川、高山もそうした線を引くのに役立ちます。
しかしながら、海は兎も角、ある程度の幅のある河川には橋という人工物を構築する事で、両岸の交流が出来る様になります。
そう言った意味では、山を貫くトンネルも交流を行う手段として役に立ちます。

また、19世紀の帝国主義の時代が始まるまでは国境に対する概念が希薄で、大国であっても、周縁部への統治は等閑にされてきたことも多く、周縁部の国と国が接する場所は自由に交易を行い、人的交流も盛んでした。
その為に橋は大いに役に立ちます。

ところが、国民国家が誕生すると、そのアイデンティティーを守るために、国は国境線と言うものを明確にしてしまいがちです。
結果、今迄曖昧模糊とした存在だった国境線の管理も厳格になり、今迄自由に出来ていた経済活動も制約を受ける様になります。

何時しか双方の関係も希薄になり、折角橋があっても十分に活用されることが無く、極端な場合、双方が対立してしまうと橋としての根本機能を失った存在となってしまいます。

この本では、世界各国に架かっている橋に焦点を当て、両岸に展開する各国の現状を丹念にルポしています。

欧州からは2つの場所、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスタルからコソボのミトロヴィツァを旅しての旧ユーゴスラビア諸国の橋を訪ね、また、現在では殆どホットスポットにはなっていないけれど、双方の思惑から完全に解放されている訳では無い、ギリシャとトルコの間のエヴロス川の橋が取り上げられています。

中東からはヨルダン川に架かるパレスティナの橋に焦点を当て、イスラエルを統治する人々の矛盾をあぶり出しています。

旧ソ連諸国からは、モルドヴァ人とロシア人の対立、ウクライナ人とロシア人の対立が複雑に絡み合って改善の兆しを見せないモルドバと沿ドニエストルを結ぶ橋と、ロシアが支援するアブハジアと一触即発状態で現状維持の侭であるジョージアとアブハジアの橋、更にアムダリヤ川に架かるタジキスタンとアフガニスタンの間でゆっくり回復に向いつつある両国関係を象徴する様な橋の3箇所。

アジアからは、南北朝鮮を取り上げるのでは無く、中国と北朝鮮を分断する豆満江から鴨緑江に架かる橋を取り上げています。
これは唯一、双方の現場を歩いている訳では無く、北朝鮮側は文字通りウォッチしただけのものです。

そして、現在世界で一番ホットスポットと言える米国とメキシコの間のリオ・グランデに架かる橋を取り上げています。
この場所でも、ワシントンにでんと座っているだけの政治家が勝手に国境に壁を作り、橋を封鎖して勝手に分断する事についての米墨双方の為政者、庶民達の不満を汲み取っています。
そもそも、「テロリストに対抗すると言うのなら、3.11のテロリスト達はカナダから入っているのだから、カナダに壁を築くべきだろう。それが何故米墨国境なのか理解出来ない」と言うのは説得力があります。

最後に、アフリカではシエラレオネ、リベリア、コートジボワールと言った、その昔は病気の蔓延、内戦、腐敗、紛争などで国が崩壊した地域の、交流再生の試みであるマノ川同盟の橋を取り上げています。
これは国が安定するには、経済活動の活発化、それによる中間層が生まれないといけないと言う事で、それぞれの国で等閑にされていた周縁部の地域活性化の為、国境を越えた地域同士の繋がりの再生の試みをルポしたものです。
この西アフリカの動きは、地域格差是正や投資の平準化にも繋がる様な壮大な実験となっており、まるでパンドラの箱を開いて最後に残った「希望」の様に思えます。

終章に書かれた1つの物語が示唆に富みます。
二人の兄弟が仲良く平穏に暮らしていたのに、ある日ちょっとした誤解で段々溝が深まり、遂には口論。
そして、二人は口を利く事が無かった。
そこへ、仕事を探している何でも屋がやって来ます。
兄は男に対しこう言います。
「ああ、仕事ならあるよ。ほら、あの小川の向こうに弟の家がある。何週間か前に奴は俺を酷く侮辱したから、俺たちは仲違いをした。俺だって仕返し出来ることを見せたいんだ。ほら、俺の家野横に石が積んであるだろう?あれで高さ二メートルの壁を造って欲しいんだ。もうあいつの顔を見るのも嫌だ」

男は仕事を引き受け、兄は男の為に必要など迂愚を揃えるのを手伝うと、旅に出掛けて一週間ばかり留守にしました。

兄が帰ってくると、驚いたことに高さ二メートルの壁の代わりに橋が出来ていました。
丁度その時、弟が家から出て来て兄に走り寄った。

「兄貴は凄いな!喧嘩していたのに橋を造るなんて!兄貴は僕の誇りだ!」

兄弟が仲直りを祝っていると、何でも屋は自分の荷物を纏めて出て行こうとしています。
兄弟は引き留めようとしますが、男はこう答えて去って行きます。

「残りたいのはやまやまだが、俺にはまだまだ造るべき橋があるんだ」
(399~400ページの橋のお話より)

フォト・ドキュメント 世界の統合と分断の「橋」
原書房
アレクサンドラ・ノヴォスロフ

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