BOACの疫病神

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ここ最近は始発電車に乗れていたのに、昨日、空腹状態で結構歩いて無理が祟ったのか、思い切り疲れてしまい、とうとう始発電車に乗ることが出来ず。
まぁ、山手線が座れたから良かったですが、矢張りまだ本復していません。

そう言えば、明日からブルネイの航空会社が日本に就航するそうです。
先日、本の山を片付けた時に出て来た、10年前の日本就航エアラインの一覧を見ていたのですが、当時はまだ彼方此方の国から日本各地の空港に乗り入れていました。
しかし、ロシアからの便は新潟に飛来しなくなりましたし、関空に乗り入れていたRoyal Nepal Airlines(そもそも王政でも無くなったし)とかタイのBangkok Airways、バングラデシュのBiman Bangladesh Airlines、Lufthansaは成田から撤退しましたし、Austrian Airlinesは夏のみ飛来、Pakistan International Airlinesは運休、Iran Airは制裁と何れも死屍累累たる有様です。

これで観光立国なんて出来るのかしら、などと思ってしまいます。

さて、入院前にLancasterの系譜を色々と書いているのですが、今日はその続き。

何度も言及していますが、Avro Tudorと言う機体がありました。
元々は大西洋横断便を希望したBOACのオファーでLincoln爆撃機の主尾翼、動力系、脚を流用して胴体を新造し、主翼を旅客機らしく低翼に配置した機体で、1943年から開発が開始された機体でした。
胴体は与圧式でしたが、Lincoln爆撃機の脚を流用した為に尾輪式の機体となります。

この機体の要求性能は最終的に1944年に纏められ、搭載量1,700kg、航続距離6,400km、高度7,600mで378km/hの巡航速度を出す様にと言う事で、本格的に開発がスタートしました。
離陸重量は、座席のみの昼間装備で24名、夜間は寝台に変更して12床を準備し、36,300kgを予定していました。

BOACや英国の民間航空業界から期待されて、Avro 688 Tudorと名付けられた機体は、先ず2機の製作が1944年9月から開始されます。
Mk.1の開発から直ぐ、英連邦のBOAC、Qantas、South Africa Airの3社協同で、小型ながら大きな搭載能力を持ち、これらのどの路線でも用いる事の出来る機体として、Mk.2の開発が決定しました。
こちらは、胴体が延長されて乗客は60名輸送出来、その代わり最大航続距離は4,500kmまで減少すると言うものでした。

先ず、1944年には政府からMk.1が10機、Mk.2が30機発注し、これらは総てBOACに割り当てられました。
1945年4月、更にMk.1を10機、BOACから発注され、この他、BOAC、Qantas、South Africa Airlinesの3社協同運航用として、Mk.2が49機発注されました。

此の儘ならこの機体は幸せな生涯を送ったかも知れませんが、1945年6月14日に初飛行したTudor Mk.1は、長期間の試験の結果、縦方向の安定性に重大な問題があることが発覚し、垂直尾翼を新たに製作し直す事を余儀なくされます。
更にBOACがこの機体の試験の結果、300箇所に及ぶ設計変更箇所を提示したため、更に完成が遅れることになります。

1947年4月11日、試作機に加えて生産4号機が引き渡されたところで、BOACは北大西洋線に投入するには航続距離が不足していることを理由にMk.1のキャンセルを決定。
結果的にBOACは戦後型旅客機の投入が遅れる事になって、方々から大戦中に製造された輸送機を掻き集めることになります。

しかし、BOACにキャンセルを食らったMk.1に新しい尾翼と、座席レイアウトを変更して32名が搭乗できるようにしたMk.4が新たに開発され、British South American Airwaysに6機が引き渡され、1949年初頭まで、南米路線に投入されましたが、この会社の路線でも経済的な機体では無く、後に貨物機に改造され、貨物や郵便の輸送に充当されています。

一方、Mk.2にも重大な問題が露呈し、QantasもSouth Africa Airlinesも、キャンセルしてしまいます。
両社とも、英国製の機体には見切りを付け、米国製の旅客機を購入することになった訳です。
こうして、当初79機を受注して順風満帆に見えたTudorは、直ぐに50機に減らされ、その後18機にまで落ち込みます。
結局、民間機としてはBOACでちょっとだけ使用された後、Mk.2の改造型Mk.5が更に6機、British South American Airwaysに引き渡されたに過ぎず、これらの機体も程なく貨物輸送用に改造され、旅客機としての活躍は極めて短いものとなります。
これら貨物機に改造されたTudorは、後にベルリン大空輸作戦に従事することになり、最後の花道を飾ることになりましたが、商業的にはこの機体は全くの失敗作に終わりました。

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